カミハタ養魚グループは人と生き物が共に暮らす環境をトータルに提案します

KAMIHATA探検隊

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text & phot/神畑重三 協力/神畑養魚(株)

+++ Vol.3 +++

「あなたにぜひとも
   手つかずのアマゾンの素晴らしい大自然を見せてあげたい…」

古い友人でもあるドイツ人探検家ハイコからの誘いで、かねてからの憧れの地、アマゾンの秘境に挑戦するカミハタ探検隊。

一行は一路ブラジルへと飛んだ。1989年のことである。


インディオの訓示に頭を垂れる

およそ二時間ほど走って幅10mほどの小川に出くわした。川の上に丸太が渡され、その上に板が敷いてあるだけの橋だ。全員が車に乗ったままではとても橋を渡れない。体重のいちばん軽いモニカが運転したが、橋に重量がかかって、丸太がグーグー鳴って弓なりに下がってしまう。落ちたら大怪我間違いなしだが、彼女は臆することもなく、涼しい顔で渡りきった。さすがはヤンキー娘だ。このあとも同じような橋が二カ所ほどあったが、無事に渡りきった。

3時間ほど走ったところでこんどは幅50mくらいの支流にぶち当たった。橋がないので行き止まりだ。幸いに岸に水没したカヌーが見つかったので、水をかき出して使わせてもらうことにした。おそらくインディオのカヌーだろう。運んできた小型エンジンを取り付けて上流へと向かった。

キャンプ付近の川水と比べると、色はいちだんと黒いが、透明度が抜群に高い。岸のジャングルには天を突くような大木がうっそうと茂り、そのほとんどに蔦の網がかぶさり、てつかずの原始の森といった感じがする。

 
ちょっとでもハンドル操作を誤ると…

■ちょっとでもハンドル操作を誤ると…

命がけの丸太橋渡り。こんな橋が何箇所もある

■命がけの丸太橋渡り。
こんな橋が何箇所もある


亀の卵を調べるハイコ

■亀の卵を調べるハイコ

晩のご馳走に亀の卵を発見。ところがガンジーが…

■晩のご馳走に亀の卵を発見。
ところがガンジーが…

 

カヌーはやがて川の中の小島に着いた。ガンジーがその砂浜の一カ所を指さして、「亀が卵を産んでいる」と言う。われわれが注意深く観察しても、周りの砂地となんら変わりない。半信半疑で砂を掘ってみると、砂の下30cmほどのところに小ぶりのピンポン玉のような白い卵が続々と出てきて、みなが歓声を挙げた。

卵は全部で30個ほどあった。ハイコと「今晩の夕食は亀の卵の目玉焼きとスープだ」と悦に入って袋に詰めていると、ガンジーが指を二本出して見せる。「1人2個ずつにしてくれ」という意味らしい。残りは丁寧に再び砂の中に埋め戻してしまった。

ジャングルに住むインディオは、自然をとても大切にしている。必要以上に魚や動物を殺さないし、捕獲もしない。あとさきの考えもなく、見つけたら根こそぎ取るのが当たり前と考えている自分たちの習性が恥ずかしくて、情けなくなった。ガンジーの無言の訓戒に頭が下がる思いであった。

帰りもまたあの丸木橋を渡らなければならないので、明るいうちに帰路に着くことになり、収穫した魚の袋詰をすませた。ふと気がつくと、つないだつもりのカヌーが見当たらない。「うわぁー」と驚きあわてふためいて探し回ると、カヌーが10m先の下流をゆっくり流されながら遠ざかっていく。みんなが魚とりに夢中になっている間に、ロープがほどけたことに気がつかなかったのだ。

さすがのガンジーも大あわてで、川に「ザブン!」と飛び込んでボートを追った。気付くのがもう5分遅れていたら、カヌーの回収は不可能で、完全に遭難していただろう。この付近にはインディオの漁師すらめったに入ってこないので、絶海の無人島に置き去りにされたと同じような事態を招いていたはずだ。ジャングルの中ではちょっとした油断や気の緩みが命取りになりかねない、ということを改めて思い知らされた。


■遭難一歩手前。流れていくカヌーにガンジーがやっと泳ぎ着く


車を置いたところに戻って、カヌーが流されないよう元通りに水没させておいた。ハイコに脅された蚊の大群に出会うこともなく、無事キャンプに帰着した。キャンプでは夕食前に収穫した魚袋の水替えするが、水を川から運ばなければならないので、疲れたからだには重労働だ。

ハイコに「アマゾンにはピラニアより恐ろしいカンディルという人食いナマズがいると聞いているが、どのあたりでとれるのか」と聞くと、「お前さん、何をとぼけたことを言うんだ」という顔をして、「この袋にもその袋にも入っている」と教えてくれた。袋を開けてみると、日本のドジョウと色も大きさもほとんど変わらない褐色の魚が泳いでいる。よく見れば、鰓のところに白いひげのようなトゲがついている。

とてもインディオに恐れられている魚には見えないが、水遊びをしている子供の鼻や耳の穴に入ったりするとのことだ。とくに女性の陰部に入ったりすると、内蔵をどんどん食い荒らしながら体内を進むらしい。引っ張りだそうにも、鰓の牙が邪魔して外に取り出すことは不可能で、まず命を失うことになるという。嘘か本当か知らないが、このナマズ、別名を”助平ナマズ”というそうだ。一見なんの変哲もない魚だけに、かえって薄気味が悪い。

 
カンディルは、一見平凡なドジョウのようだが、インディオが一番恐れる人食いナマズ

■カンディルは、一見平凡なドジョウのようだが、インディオが一番恐れる人食いナマズ

新種のプレコを求めて滝の中へ

滝壷の下、必死に珍種のプレコ採りに挑むハイコ

■滝壷の下、必死に珍種のプレコ採りに挑むハイコ

 

夕食を済ませてそろそろ寝ようとしていると、モニカがわれわれのテントへやってきて、「ハイコがこれから滝の下へ魚とりに行くので、お供しませんか」と誘う。連日のハード・スケジュールでへとへとだが、チャンスを無駄にしたくないので同行することにした。ハイコといい、モニカといい、彼らのタフさにはあきれるばかりで、ついていくのは大変だ。そとはまばゆいほどの満月で、月光が周囲を白々とてらして昼間のようだ。

船着き場からボートで滝のすぐ下の平べったい岩礁の小島に向かった。おそらく雨期には水没してしまう島だろう。今回ハイコがここを基地に選んだ理由はこの滝に珍しいプレコの新種がいるらしく、それを捕獲することが第一の目的のようだ。彼は数年前マナウスの同業者のところで瓶に入ったアルコールづけの15cmほどの珍しい形のプレコを見たという。下唇の突き出たオウムのような口で、この滝の下流で捕まえたということが漁師の説明でわかっている。ハイコの推察では、複雑な形をした大滝の岩場のコケを食べやすいように、口が生態的に進化したもので、珍しい新種らしい。

さっそく4人で網を引くことになったが、なにしろ滝の真下の急流の中にある岩盤の島だけに、つるつると滑りやすく、足場もない。片手で灌木の枝をつかんで、片方の手で網を引くが、なかなかうまくいかない。そのうち、ハイコがしびれを切らしたらしく、「滝の後ろは空洞に違いない。中に入って探してくる」と冒険心をおこした。足が滑って流されでもしたら、それこそ一巻の終わりだから、危ないのでやめろと止めても、聞き入れる男ではない。全身に滝の飛沫を浴びながら瀑布をくぐって姿を消してしまった。

彼が出てくるまで岩盤の上に寝転がって休憩することにした。昼間の太陽熱で岩が暑くなっていて、寝ころがると背中がほかほかと床暖房みたいに快適である。川面を吹き抜ける夜風が爽やかで涼しく、肌に気持ちいい。きらきら光る銀の砂をまいたような夜空を仰ぎながら、長谷川と「ハイコが三日も辛抱すれば、もっといたくなるはずだと言ったが、本当やったなあ」などと取りとめのない雑談を交わしながらハイコを待った。

ところが、30分経過してもハイコが戻ってこない。少し不安になってきた。モニカがもう鳴き声で「ハイコ、ハイコ!」と叫ぶが、滝の轟音で彼の耳に届くはずもない。1時間ほどたったころ、ハイコがやっと滝の後ろから全身ずぶぬれで現れた。「それらしきプレコを1尾網の中に入れたが、足が滑って逃してしまった。網を替えてもう一度チャレンジしてくる」と興奮ぎみだ。心細そうにしているモニカを残して帰るのはちょっと気が引けたが、こんな化け物みたいな男とは付き合いきれないので、われわれは一足先にテントに戻ることにした。

ワイワイ族に取り囲まれて

感謝を込めてガンジーと別れの握手

■感謝を込めてガンジーと別れの握手

小型機は草原にふわりと着地

■小型機は草原にふわりと着地

 

翌朝、ハイコが新種のプレコを収穫できなかったことを悔しがっていたが、この場所はこの日までの予定だから、また別の機会にチャレンジすることにしたらしい。そして、これから二時間ほど西へ飛んだところに住んでいるワイワイ族の村へ行くのだという。当初の計画はここの北部に住む身長2m近いインディオたちが住む部落に行く予定だったが、距離がありすぎて帰りの燃料が心配で計画を変更したという。

雨が降るとぬかるみ、飛行機の発着がとても無理だという荒地の滑走路は、幸いに乾いていた。顔なじみになった村人が荷物の積み込みの手伝いを兼ねて見送りに来てくれた。ガンジーの姿も見える。彼にお礼をしたいけれど、食料品は残り少ない。ハイコに相談すると、トイレット・ペーパーがいいだろうということで、二巻ほどプレゼントした。白い歯を見せて嬉しそうに喜ぶ顔を見て、こちらも嬉しくなる。

緑の樹海上を飛ぶこと約二時間、ジャングルの中にぽつんと赤く禿げた空き地が見えてきた。目的地のワイワイ族の村のようだ。機がぐんぐん高度を下げて、村の上空を二回ほど旋回する。眼下には灰色のキノコ型の茅葺き家屋が4、50軒ほど見え、中から人がばらばらと飛び出してくるのが見える。パイロットが「ボート、ボート」とわれわれにどなる。どこに着陸するのかと思っていたら、村の横の狭い草原に見事ふわりと着陸した。さすが20年のキャリアである。

機のまわりにボロボロのシャツを着た女性や子供がうわーっと押し寄せてきた。素っ裸もいる。ジャングルのインディオに取り囲まれるのは初めての経験で、彼ら特有の甘酸っぱい体臭が強烈に鼻を襲い、白昼夢を見ているような気持になる。雲助パイロットと彼らはおなじみの仲らしく、誰もが友好的で、われわれにも白い歯を見せている。

若い男たちはほとんど狩りに出掛けて、夕方になるまで帰ってこないというので、一服する暇もなく、さっそく近くの川に出て、大型カヌーにエンジンを取り付け、上流に魚とりに向かうことになった。

われわれ5人と案内役のインディオ3人が乗り込むと、大型カヌーでも積載オーバーになり、ちょっとでもバランスを崩すと沈没は間違いなしだ。それでもハイコはそのまま出発させた。川の中ほどまで出たが、吃水線から船べりまで20cmもない。

私が「ちょっとやばいと違うか。ひっくり返って放り出されたときの用心に、カメラをビニール袋に入れて頭にくくりつけて準備しとこうや」と長谷川に声をかけると、彼が引きつった顔で「社長、カメラなんかどうでもいいです。命のことを考えてください、命のことを。私は東京に女房や子供がいるんです」とわめく。「そんなこと、いまごろ言っても、もう遅いわ」と言い返すが、ちょっと気味がいい。

というのも、私が先日キャンプ地に到着してパニック状態になったとき、南米パラグアイでジャングルを経験している彼が「ああ、いい気持だ。ジャングルに入ると生き返った気がする」とルンルン気分できたからだ。そのことを思い出して、いささか溜飲が下がった。しかし、こんなところで仲間割れしても仕方がない。私だけが川の中に突き出た岩盤の上に降り、別のカヌーでインディオに迎えに来てもらうことになった。ところが、私が降りても、カヌーの吃水線はさほど変わらず、よたよたしながら上流へ向かっていった。

しばらく待っていると、少年が小型のカヌーで迎えにやってきた。非常に内気な少年で、話しかけても下を向いて恥ずかしそうにもじもじしている。

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