カミハタ養魚グループは人と生き物が共に暮らす環境をトータルに提案します

KAMIHATA探検隊

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text & phot/神畑重三 協力/神畑養魚(株)

+++ Vol.2 +++

「あなたにぜひとも
   手つかずのアマゾンの素晴らしい大自然を見せてあげたい…」

古い友人でもあるドイツ人探検家ハイコからの誘いで、かねてからの憧れの地、アマゾンの秘境に挑戦するカミハタ探検隊。

一行は一路ブラジルへと飛んだ。1989年のことである。


不思議な物体が頭ごしに川へ飛ぶ

翌朝、上流への出発準備で忙しいなか、ハイコがやってきて、「きょうは日帰りで上流に行くが、あんたはマナウスへ戻る準備をしてくれ」とまじな顔で言う。私が「心配かけたが、もう大丈夫。みなといっしょにボートで行く」と告げると、しばらくまじまじと私の顔を見ていたが、予想外の立ち直りの早さに驚いたようで、ひとこと「オー、アンビリーバボー(信じられんわい)」と、のたもうた。

 
いよいよ上流へ出航準備

■いよいよ上流へ出航準備

キャンプ地の近くには大きな滝があって、下流のボートはすべていったん陸地に担ぎ上げて滝の上まで移動させねばならない。作業がやっと終わってエンジンを取り付けて出発することになった。滝のすぐ上には幅500mもあろうかという二つの大きな川が合流し、異なる流れがぶつかり合って激流となり、複雑な三角波を作っている。幅200mほどのこの白波の立つ流れは危険地帯である。ボートはそこを全力で突っ切らなければならない。流されると、すぐ下の滝に飲み込まれてしまうからだ。底が偏平のファイバー製ボートがバンバンと衝撃を受け、波の上を飛ぶように走る。怖いけれど、スリル満点だ。

滝の真上の三角波の危険地帯が前方に

■滝の真上の三角波の危険地帯が前方に

川の中にできた大きな砂浜は採集には最適

■川の中にできた大きな砂浜は採集には最適

 

上流に行くと、川の中に大きな中州が点在して、その白い砂浜は網引きに絶好の場所のようだ。ボートから降りようとすると、「血を流さないかぎりピラニアはむやみに襲ってこないが、恐ろしいのは浅瀬の砂に潜り込んでいるエイだ。こいつに刺されると、尾に毒があるので、痛いぐらいでは済まされないぞ。足でバシャバシャ水を立てて歩け」とハイコから忠告を受けた。浅瀬で網を引いていると、近くの水溜りから1m近い魚が何尾もジャンプして本流へと逃げていく。

昼近く、露出した岩壁の上に木が茂る小島に接岸した。水が澄んでいる浅瀬にはプレコが足の踏み場もないほどぎっちり底を埋めている。一同「ワァー」と興奮しながら夢中で網を引く。私は用便がしたくなって、みんなとは反対の木立の中へ入っていくと、頭上の木に大きな蜂の巣があって、親指ほどもある蜂がブンブン飛び回っている。その下をそっと身をかがめて通り抜け、灌木の茂みにそろそろと入っていった。そのとき、とつぜん頭上の木の枝から大きな黒い物体が私の頭ごしにジャンプして物凄い水音を立てて急流の中に身を躍らせた。大きな水音に驚いたのか、30mくらい離れているハイコたちが「大丈夫か」と駆けつけてきた。

しかし、その動物が何だったのか、とっさに頭を抱えて地面に伏せた私にはわからない。黒くて大きなものが視界に入っただけだった。猿ならすぐに浮上して泳ぐだろうし、あるいはジャガーであったかもしれない。身を伏せたまま、横目で見ていた私には、水面に何かが浮かんできた気配は感じられなかった、ハイコに聞いても、わからないという。ジャングルで初めて身の危険を感じた出来事であった。

「アマゾンはやはり半端でないわい」と改めて身が引き締まる緊張感を覚えた。

前夜のジャガーの足跡が……

船頭は、われわれ二人でも持ちあぐねる大型船外機を一人で軽々と運ぶ怪力の持ち主である。みかけは相当な年輩者に見えるが、筋肉質の肉体は磨き上げたように黒光りしている。無口な男で、その風貌から私と長谷川で"ガンジー"とあだ名を付けた。

パイロットは、見かけは熊みたいな大男だが、気はやさしく、茶目っ気もある。暑くなれば、ピラニアがうじゃうじゃ泳ぐ川の中に平気で「ドブーン」とダイビングしたり、これ見よがしに川の水をうまそうに飲んで、われわれを羨ましがらせる。悪い気がしたが、彼には"雲助"とあだ名した。どうせ日本語がわからないのだから、どうってことはなかろう。

雲助はほとんど英語が話せない。われわれとの会話はすべて手話である。親指を上に立てれば「OK」「うまい」「心配するな」で、下に向ければ「やめとけ」「ヤバイ」「死んでしまうぞ」である。たったこれだけだが、ジャングルの中ではけっこう意思が通じて、さしたる不便を感じない。

 
雲助パイロット、ガンジー、長谷川、神畑

■雲助パイロット、ガンジー、長谷川、神畑

不気味なジャガーの足跡。前夜に水を飲みにきたらしい

■不気味なジャガーの足跡。前夜に水を飲みにきたらしい

ボートは全速力で右へ左へと大きくハンドルを切って旋回しながら川を遡っていく。ハイコに「どうして直進しないのだ」と聞くと、「船頭の頭の中には水面下に沈んだ危険な岩礁がどこにあるかが全部インプットされていて、隠れた岩礁を避けるために蛇行しているのだ。乾期はとくに危険で、熟練者でなければこんな速度で航行できないが、彼はこの村きってのベテランだから安心していい」と言う。

遡上するボートから釣り針をたらしてトローリングを試みると、とつぜんガツンとボートが一瞬止まるほどの衝撃があった。岩礁にぶち当たったのかと思ったら、そうではないらしい。試しに釣り針を手繰り寄せてみると、人指指を曲げたぐらいの大きな釣り針が長々と延びている。「川底の岩でも引っ掛けたのだろう」と長谷川と話し合っていたら、ガンジーが「大きな魚だ」と言う。それを聞いて、思わず長谷川と顔を見合わせてしまう。

さらに、上流へとボートを進めていく。次に降り立った砂浜の上に私の足ほどの大きな獣らしき足跡が川からジャングルまで延々と続いている。ガンジーが「昨夜ここにジャガーが水を飲みに来ていた」と言う。

ガンジーが「早く切り上げないと、暗くなってあの三角波の急流を横切るのは危険だ」とわれわれをうながす。毎年何人かの漁師があの急流に流され、滝壺に落ちて死人を出しているらしいのだ。

下りのボートは思いのほか速く走ったが、くだんのポイントに着いたころには、もうあたりは薄紫色に染まっていた。轟々と高鳴る不気味な滝の水音が腹まで響いてくる。ボートは全速力で突っ走り、ボートの底が水面をバンバン叩く。その衝撃に振り落とされまいと必至に船べりにしがみついていると、船首に座っていたモニカの悲鳴が聞こえた。彼女は魚入れの発泡スチロール箱に腰掛けていたが、ボートの衝撃で破れて、箱の中に尻がすっぽり埋まり、手足をばたばたさせている。その格好が亀みたいで、気の毒やら、おかしいやらで、みなで大笑いする。

腕には白いダニがもぞもぞ

翌日、ハイコが暗いうちからわれわれを起こしにきた。人を起こすだけ起こしておいて、そのくせ、自分はいつもぐずぐずして、テントからなかなか出てこないという身勝手な男だが、どうしたことか、この日は彼が早く出てきて、「車の都合がついたので、きょうはジャングルを抜けて、別の水系に行く」と告げる。ここに住んでいる電力開発の駐在員の車を借りられたという。数年前からこの滝を利用してダムを作る計画があり、その調査のため駐在員が派遣され、ジャングルを切り開いて道がつけられているとのことで、うっそうと茂るジャングルの中のその赤土の道はどこまでも一直線に続いて小気味がいい。

アマゾン特有の赤土にはほとんど肥料分がなく、一度木を切ると、そのあとには新しい木が育たないという。ジャングルの中は高温多湿のため、バクテリアの分解作用が信じられないほど速く、すべての物質を朽ちさせてしまう。雨が降ると、その腐食土が洗い流されて川に入り込むので、養分が地下に浸透できないため、肥料分のないやせた土地になるという。
 この一本道はいくら走っても対向車にであうことはない。私は幸いにフロントに座ることができたが、長谷川は後ろの荷物台の上だからバウンドで落とされないように必死でバーにしがみついている。ジャングルの中には日が差し込まないので、赤土の道の上に1mもあるイグアナや蛇が体温を上げるために長々と寝そべって日向ぼっこをしている。が、車に気づくと、その逃げ足の速いこと、シャッター・チャンスはまずない。

 
アマゾンの土質は栄養のない赤土。高温多湿の為に木の葉や倒木がたちまちバクテリアに分解され、雨で流されてしまう

■アマゾンの土質は栄養のない赤土。高温多湿の為に木の葉や倒木がたちまちバクテリアに分解され、雨で流されてしまう

山火事の跡なのか、道端のところどころに立ち枯れた木のある水溜りがある。ハイコは「この種の水溜りにはマラリヤを媒介するハマダラカが発生しやすいので、蚊に刺されないように注意しろ」と言う。私が「まだ一匹の蚊にも出会っていない」と言うと、「そんなことはない。夕方、日没前の短い時間にジャングルからいっせいに蚊の大集団が出てきて、羽音がウォンウォンと響くので、オーケストラが楽器を鳴らしているみたいだ」と私を脅す。

途中、道の上に大きな倒木が横たわっていたりして、そのつど全員で片付けるが、40℃近い暑さと湿気の中での汗だくの重労働である。やがて道が車の幅ほどの狭さになると、鞭のようにしなった木の枝が遠慮なくビシビシ窓を叩いてくる。そのうち腕のあたりがかゆくなってポリポリ掻いていると、隣座席のモニカが「それはムクインというダニよ」と言う。あわてて腕を見ると、白い芥子粒のようなものが何匹もモゾモゾ動いている。窓から入ってきた木の葉の裏に付着していたらしい。

われわれ日本人はあまり毛深くないので、ダニがついてもすぐに見つけられるが、ハイコのような毛深い男ではダニがジャングルにもぐりこんだみたいで、見つけるのが難しく、十分に血を吸い尽くして小豆の半分くらいの大きさになった数日後に初めてつまみ出せるという。でときどき猿の毛づくろいみたいにダニ取りしている。しかし、不思議なことに、ハイコにしても、原住民にしても、大してかゆがらない。きっとダニに対する抗体ができているのだろう。

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