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KAMIHATA探検隊

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text & phot/神畑重三 協力/神畑養魚(株)

+++ Vol.1 +++

「あなたにぜひとも
   手つかずのアマゾンの素晴らしい大自然を見せてあげたい…」

古い友人でもあるドイツ人探検家ハイコからの誘いで、かねてからの憧れの地、アマゾンの秘境に挑戦するカミハタ探検隊。

一行は一路ブラジルへと飛んだ。1989年のことである。


トラブルメーカーの面目躍如

ドイツ人探検家のハイコ・ブレハから「あなたにぜひとも手付かずのアマゾンの素晴らしい大自然を見せてあげたい。そして、インディオたちと一緒にジャングルで魚採りをしよう」という誘いがあった。ハイコは長年の友人である。

私は前々からなんとしてでも一度はアマゾンに行ってみたいと願っていたが、この話を渡りに船とばかり、喜んでハイコの勧誘を受けることにした。

 
ホテル前の壮大なアマゾンの夕焼け

■ホテル前の壮大なアマゾンの夕焼け

同行するのはわが社の長谷川で、彼は海外青年協力隊員として南米パラグアイに駐在したことがある。したがって、スペイン語は堪能である。ハイコ側は二十代のアメリカ人女性モニカが同行することになっているが、彼女は5ヵ国語を自在に操る才女で、そのうえモデルのようなプロポーションをしたラテン系の美人である。

マイアミからの深夜便でカリブ海を越え、一路南下してマナウス入をした。熱帯地とはいえ、朝6時過ぎの早朝は冷え冷えとして肌寒い。なにしろ初めてのアマゾン旅行なので、興奮と期待で機中ではほとんど眠れなかった。寝ぼけ眼をこすりながら、空港でハイコを探すが、何処にも見当たらない。手違いがあって、先にホテルで待っているに違いないと判断して、ホテルに向かうことにした。

「ネグロ河畔に建つ当地最高のホテル・トロピカル・マナウスに予約した」とハイコから連絡が入っていたが、ロビーにも彼らの姿は見えない。仕方がないので、兎に角予約してあるはずの部屋で休息を取り、ハイコ達を待つことにしたが、フロントでは「そんな名前の予約などない」とそっけない。こいつは何かの間違いだろうし、まあハイコが来れば何とかしてくれると思って、フロアに座って待つことにした。

ところが、前夜の疲れからか、ぐっすり寝込んでしまい、目が覚めたら、すっかり夜になっていた。ともかく我々だけでも部屋の予約をしておこうとフロントと交渉するが、「満室で部屋はない」とけんもほろろの扱いを受ける。大きな荷物を持ち込んで、客でごった返すロビーのフロントで朝から晩まで寝そべっていたのだから、あまりわれわれにいい感情を持っていないみたいだ。不安とあせりでしだいにいたたまれなくなっている場面で、ようやくハイコ達が顔を見せた。

「やあ、カミハータさん、こんばんは」と言い訳するでもなく、あっけらかんとして、「このホテルは高いので、自分たちは町中の安いホテルに宿泊している」と言う。あまりの無責任さに開いた口がふさがらない。

ハイコにフロントに案内してもらい、やっとありつけた部屋はまるで物置小屋で、ボーイがしょっちゅう物を取りに出入りするので、一晩中おちおちと眠ることもできず、悪夢のような一夜を過ごした。

ドアを開けたままで上空に

タイヤはほとんどパンク状態。モニカとハイコとともに

■タイヤはほとんどパンク状態。モニカとハイコとともに

タイヤに注目!

■タイヤに注目!

 

翌朝、ハイコが迎えに来て、そのままマウナス空港へと向かった。チャーターした小型機で2時間半かけて奥地のトロンベイダー川とマップウェラ川の合流点にある小さな村まで飛び、そこをベースキャンプ地とする予定である。

「最近、やたら小型機のハイジャックが多くて」とハイコが説明する。ジャングルで金鉱が発見され、それに目をつけたマフィアたちが現地に臨時滑走路を設けてハイジャックした機を着陸させ、パイロットを殺して自家用機にするのだという。今年に入ってこの種の事故が10件ほど起きているので、パイロットたちは戦々恐々としているらしい。

そのせいか、国内線なのに、税関のチェックは厳しい。検査がようやく終わって、チャーター機の待つ滑走路の一番端へと向かった。ところが、まだ出発の準備をしていないみたいで、パイロットが「いまから給油車を呼んでくる」と呑気なことをほざく。ふと下を見ると、車輪の片方がパンクしてペチャンコになっている。「あっ、パンクしている」と思わず大声を出したら、「あら、そうかい」と驚きもしない。このまま離陸するつもりでいたのだろうか…早くもパニックに陥りそうだ。

食料品はほとんど現地で調達する手筈になっているが、発泡スチロール製の魚箱や網などの荷物がけっこう多くて積み込みに時間がかかる。まず大型の船外機、そして奥地には給油場所がないので、帰りの油も持っていく。

やっとエンジンがかかったと思ったら、パイロットが操縦席の横に座っている私に「ドアを開けたまま、このハンドルを押さえておけ」とゼスチャーで指示する。後部席のハコイが「上空に上がるまでは暑いので、風を入れるためにドアを開けて手で押さえといてくれと言っている」と説明してくれる。

説明されるままに風圧に押し戻されないように必死にドアを押し開けていると、足元から猛烈な風が吹き込んでくる。上空に上がって少し涼しくなったところ、やっと「閉めていい」という指示が出た。ドアを開けたまま飛ぶなんて、むちゃくちゃだと思うが、いまさら泣き言を並べてもどうにもならない。私はもともと高所恐怖症なのだが、もはや引き返しの出来ない第一歩が踏み出されたことを自覚した。

しかし、上空から見るジャングルは圧巻であった。360度ぐるり地平線の彼方まで緑のじゅうたんで敷き詰めたような密林の大海原が続いている。その中を大小の河川が蛇行しながら光っている。この景観を目の当たりにして、これまでの不愉快なことをすっかり忘れて、感激に酔いしれてしまった。

 
操縦桿を握れば気分はパイロット

■操縦桿を握れば気分はパイロット

ジャングルに着いたとたんパニックに

機は約2時間のフライトの後、徐々に高度を下げ、大きな2つの川の合流点にある赤褐色の荒地に着陸した。そこには、4、50戸の小村があった。憧れのアマゾンの大地に降り立ち、第一歩を踏み出したときは、感激で胸がいっぱいになり、夢心地になった。

タイヤに注目!

■ベースキャンプ地の滑走路。
雨が降るとぬかるんで使えない。

 

テントを張ったあと、村の見物に出かける。真上から突き刺すように強烈な太陽が降注ぎ、気温は40°Cに近く、湿度も100%近い。家屋の軒下から真っ黒の小猿が見かけない闖入者を珍しがってか、顔を出したり引っ込めたりしながら、我々を眺めている。

そのうち、どうしたことか、急に立ちくらみがして、目の前が真っ暗になり、たらたらと冷や汗が流れてきた。立っていることもできず、その場にへなへなとへたり込んでしまった。この二日間ほとんど寝ていない上に、この暑さと湿気、体の不調に加えて、さらにカルチャー・ショックと、色々なことがいっぺんに重なってパニック状態に陥ったのだ。這うようにテントに戻り、横になって休んでいると、ハイコが心配して見舞いにきた。

すっかり自信を喪失して、彼に「この暑さで体調を崩してしまい、とてもみんなと一緒にこれから1週間もジャングルの中で過す自信がない。悪いけど、私をあすマウナスに送り返してくれ」と頼むと、彼はしばらく私の顔を見ていたが、「カミハータさん、私はあんたが体力、気力とも十分にジャングル生活に耐えられると思ったから誘ったのだ。文明社会から未開のジャングルに初めて入ると、ふつう誰もがパニックを起こすが、これは決して珍しいことではない。つらいかもしれないが、今夜一晩何とか辛抱しろ。明日になれば楽になるし、3日もすればもっとここにいたくなるはずだけど、そうしても帰りたいのなら、明日パイロットに送らせよう」と言ってくれた。

やがて、周囲が漆黒の闇に包まれた。そのあと、信じられないようなスコールが襲ってきた。木の枝の葉っぱを叩き落すほどのすさまじい雨だ。天の豪音を耳にしながら、心細さと不安で悶々として、まんじりともせず、夜が明けるのを待つうち、気分が少しずつ回復してきた。

考えてみると、二度と来れないような憧れの地アマゾンを訪れて、何もせずにすごすご尻尾を巻いて逃げ帰るなんて、あまりにも情けない。「もう先のことは何も考えず、あるがままにこの大自然に身をゆだねよう。なるようにしかならないのだ」と自分に言い聞かせた。すると、憑物が落ちたように気が楽になり、やっと浅い眠りにつくことができた。

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