text & phot/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ Vol.3 +++
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「ここのジャングルはほかとは一味違うぞ・・・。」
緑の絨毯を一面に敷き詰めたような密林を眼下にそう直感した。 未知の国ガイアナを訪れた神畑探検隊。 この国ではいかなる魚たちとめぐり逢うのだろうか・・・。 |
人ひとり住んでいない大熱帯雨林
![]() ■夜間の採集には危険が伴う。カヌーの中には小銃が一丁 |
午後2時ころ、カリーが迎えにきた。後部座席に置かれた大きなクーラーに水をたっぷり入れ、ビールやコーラが冷やされている。いつもながら手回しがよく本当に助かる。なぜだか、座席の横にケースに入ったライフルが見え、またダッシュボードには黒光りするピストルが無造作に突っ込んであった。人気のないジャングルに入るには、それなりの準備が必要なのだろうと気を引き締めた。
ボーキサイト鉱山のリンデンという町までは道は舗装されていたが、そこから目的地のロックストーンに至る道はがたがたの地道である。奇妙なことに、道の土の色が白砂から一変して赤土に変わった。役3時間走り続けると、目の前にとつぜん大きな川が現れた。この国最大のエキセーポ川である。
![]() ■ウルトラスカーレットトリム |
![]() ■アクアリスト垂涎のアルタム・エンゼル。ヒレの長さが素晴らしい |
この川の水も黒い。このぶんならphが低く、蚊の攻撃に悩まされることはなかろうとひとまず安心する。広い川の中ほどには黒々した無気味な岩礁が水面から顔を出しているが、ロックストーンの地名はここから出たものであろう。乾季になって水位が下がると、あっちこっちで岩礁が水面から頭を出し、夜間の航行は非常に危険らしい。すれ違うボートやカヌーは一隻もなく、数十万キロ四方、人1人住んでいない大熱帯雨林である。
ボートがやっと第1ポイントのティプラ川に着いた。彼らはこれを湖と呼ぶけれど、われわれの地図で確認すると支流である。この川だけでも1週間かけてボートで遡ってみたいと思われるほど、魅力のある新種発見の可能性の高い手つかずの大自然がそのまま残してあるようだった。
砂地を見つけて接岸し、さっそく網を入れたが、水位が高くて魚がばらけてしまった。それでも、マーブル・ハチェット、ヘッド・アンド・テールライト、ロージー・テトラなどがとれた。水位が低いときは、1m級のシルバー・アロワナ、アマゾンの王者ピラルク-などがとれるそうだ。
第2ポイントにボートを移動中、インディオの中年女性2人が釣り糸を垂れているカヌーに出会った。カヌーの中の生簀箱を見せてもらうと、20cm大のピラニアが20尾ほど入っていたが、その中に30cm大のクレニキクラ(パイク・シクリッド)が一尾だけ混じっていた。婚姻色らしく、鰓から腹にかけて真っ赤に染まっており、珍しくもあり、また美しい魚だった。写真を撮らせてもらって、お礼に煙草をプレゼントすると、歯を見せて「二-ッ」と笑った。
犬の牙を持つ魚カショーロ
![]() ■犬の牙を持ち、牛の舌を食いちぎるというカショーロ |
![]() ■鋭い牙とそれを収納する独特な上顎をもつ |
弟3ポイントの小島に移動した時は、月明かりもなく、完全な闇に包まれていた。闇の遥か彼方に小さな明かりが1つ2つ点滅しているのが見えた。どうやら漁師のキャンプ地らしく、ボートはそこをめざして進んでいるようだ。そのころから私の腹の調子が悪くなって、きりきりと痛んできた。下腹がゴロゴロ鳴って、辛抱ももはや限界に近い。なんとか早く上陸して用を足したいと気は焦るものの、前方に見える灯は見た目より距離があって、なかなか到着しない。自業自得とはいえ、腹痛は前日のインディオ村の手前で川水を飲んだことが原因らしい。やっと接岸して駆け込むように茂みに入って用を足した。
人心地がついて周囲を見渡すと、漁師たちが収穫した魚を入れるための50cm角のプラケースがそこいらじゅうに山積みされていた。その横の木の幹に一張のハンモックが張られ、そのそばで彼らはとってきた魚を煮たり焼いたりして、われわれのためにご馳走を用意していた。
安川と鈴木が木の根っこを伝い歩きしながら夢中になって手網で魚を追っている。珍しい魚が取れると、「社長、カメラ!」とどなる。そのたびに痛い腹をさすりながらカメラを抱えて駆けつけるが、体調の悪いときの魚とりは楽じゃない。しかし、頑張ったかいあって、獲物は多かった。コリドラス、アピスト、エキデンス、キクラソマ類、セベラム、フェスティバム、ホーリィ、カラシンなどがとれた。とくにスカエレ・エンゼルはSサイズから特大サイズまで揃っている。野生なので、養殖物と違って、Mサイズでもぴんと張った鰭の長さは手のひらに乗せると、その先端が手から大きくはみ出して垂れるほど立派だ。まさしく貴重品である。懐中電灯に照らされた魚の目がきらきら輝いていて、野生の魚を見慣れた私たちだが、それでもその美しさには思わず息をのんでしまう。
漁師がカヌーで戻ってきた。ジャングルの支流は幅が狭く、ボートでは大きすぎるので、カヌーに乗り換えたのだ。カヌーにはたくさんの魚が無造作に積み上げられていた。一番目を引いたのが南米淡水ガ-(ブラント・ノーズ・ガ-)の大物であった。
いちばんすごい獲物は70cを超えるカショーロである。カショーロとは”犬の牙を持つ魚”というインディオの言葉で、牛の舌も噛み切るという。さっそく鰓に指を入れて、両手にぶら下げて記念写真を撮った。一尾の重さがゆうに7~8kgはあり、二尾を片手ずつにぶら下げるとずしりと肩が下がる。目玉がらんらんと輝いて、魚体がぴくぴく動いている。口を開けると、とぎすまされた鋭い下顎の牙が剥き出していて、その長さは6~7cmもある。なんとも物凄い形相だ。腹の痛みはどこかにふっ飛んでしまった。
スタッフもすっかり舞い上がっている。われわれの喜ぶ様子を見て、ハリーや漁師たちがにこにこ笑っている。まだ人が足を踏み入れていない上流の何百という島の一帯では、きっと新種の魚がもっといるに違いないと確信した。満ち足りた気分でホテルに帰り着いた時間は零時過ぎだったが、その夜は久しぶりに夢を見ることもなく、ぐっすりと眠れた。
金とダイヤモンドの国ガイアナ
![]() ■人面を持った奇妙なサル |
この日は動物園の見学とショッピングえお楽しみ、この国で最後の一日をリラックスして過ごすことにした。ハリ-さん夫妻の案内で、この町唯一の動物園とスタブ・ロック・マーケットをのぞいた。市場の入口には植民地時代からの名残の高さ10cmくらいの時代物の時計塔がいまも正確に時を知らせていた。この町には市場以外にスーパーや商店らしき売店がほとんどない。観光客が多く訪れる国ではないので、それ目当ての店を作っても採算が合わないのだろう。
市場には金細工屋さんが多い。金とダイヤモンドがこの国の特産物だから、18金のブローチが1000円前後で手に入る。地図で見ると、首都ジョージ・タウンの周辺だけでダイヤモンドと金の鉱山が100以上認められるが、この未開発のガイアナのジャングルにはまだまだ豊かな鉱山資源が随所に埋蔵されているようだ。
市内の動物園は大きくはないが、内容が充実しているので、充分に見ごたえがある。マナティ、ジャガー、世界最大のイーグル、信じられないほどカラフルで細かい模様を持ったインコの類、まるで人間のような顔をした珍奇な猿のかずかず、すべてこの国のジャングルで捕獲された動物ばかりだ。
敷地の中には50坪ほどの水族館があったが、閉館になっていた。ハリ-から「魚の業者として、なんとかこの水族館を再開したいと努力しているが、カミハタさんにも協力してもらえないだろうか」と要望された。私は協力は惜しまないと約束してきたが、ハリ-がつぶやいた言葉が強く心に残っている。
「ガイアナには日本の進出企業が一つもありません。わが国は日本製の車や電化製品をたくさん買っているし、日本という国にも強い関心を持っているのに、日本人はわれわれの国をあまりにも知らなさすぎます。もっとわれわれの国ガイアナを知ってもらいたいんです」と。