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KAMIHATA探検隊

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text & phot/神畑重三 協力/神畑養魚(株)

+++ Vol.1 +++

「ここのジャングルはほかとは一味違うぞ・・・。」

緑の絨毯を一面に敷き詰めたような密林を眼下にそう直感した。

未知の国ガイアナを訪れた神畑探検隊。

この国ではいかなる魚たちとめぐり逢うのだろうか・・・。



未知の国ガイアナを訪れて

インディオ語で「水野豊かな大地」と呼ばれているガイアナのジャングル

■インディオ語で「水野豊かな大地」と呼ばれているガイアナのジャングル

「ここのジャングルは、ほかとは一味違うぞ」と、機窓から下界をのぞきながら直感した。魚の採集に大きな期待が持てそうで、胸が膨らんでくる。

緑の絨毯を一面に敷き詰めたような密林が果てしなく眼下に広がり、その中を赤褐色の油をどろりと流し込んだような大小無数の河川が網の目のように交錯し、強烈な陽光にぎらぎら反射しながら蛇行し、鉛色の鏡面のように輝いて遥か地平線の彼方まで続いている。

機はしだいに高度を下げ、未知の国ガイアナに近づいた。機内に着陸を知らせる黒人スチュワーデスの英語のアナウンスが聞こえてきた。南米で英語のアナウンスがなんとも心地よく響き、生き返ったような気分になる。

ガイアナは1066年にイギリスから独立した若い国である。他の南米諸国がほとんど白人系であるのと違って、百万人弱の人口の約9割をアフリカ系黒人とインド人とで占めている。面積はイギリスとほぼ同じ程度だが、開墾されている土地はわずか5パーセントにすぎず、まだ人が足を踏み入れたことのない未開のジャングルの方が多いという。原始のままの大自然を残したままだから、密林奥深くの川には未発見の魚が豊富にいるということだ。ガイアナは間違いなく夢とロマンをかき立ててくれる地球上に残された数少ない秘境の一つらしい。

ガイアナという国名はインディオの言葉で「水の豊かな土地」という意味だそうだが、全土に天然の運河がめったやたらと縦横に走っている。この国最大のエセキーポ川は川の中に大小二百以上の島を持つ珍しい川で、その川の水の大半は隣国ベネズエラのギアナ高地のロライマ山付近から流れ込んでくる。

川の中に大小200以上の小島があるという。世界でも珍しい地形を持つエセキーポ川

■川の中に大小200以上の小島があるという。世界でも珍しい地形を持つエセキーポ川

ベネズエラと国境を接するロライマ山の山頂では、いつでも両国で国境紛争中と聞いていた。そのためがベネズエラからガイアナには直接入国できず、カリブ海の小国トリニダード・トバコのポート・オブ・スペインからガイアナ航空(BWIA)に乗り換えなければならないので、不便このうえもない。ベネズエラのカラカス空港ではBWIAのカウンターがなかなかみつからず、混雑する中を探し回って、やっと片隅に一つだけの受付を見つけたが、これも両国政府の非友好的な関係のせいらしいが、日本とこの国の間にはいまなお正式な国交が結ばれておらず、ビザの取得もトリニダードでしか申請できないのである。

ひと昔前、この国では新興宗教の教祖がジャングルの中で900人もの信者を道連れに集団自殺するという世界の人々を震撼させる忌まわしい事件が起こったが、その報道を見聞きすることで私はガイアナという国名を初めて知ったのだが、まさか自分がその国を訪れるなどとは夢にも思っていなかった。

大きな期待と少しばかりの不安に胸をときめきあせながら、私とわが社の鈴木と安川の3人がジョージ・タウン空港に降り立った。ひんやりと冷房がよくきいた空港内では、女子プロレスラーもどきの体格のいい黒人の婦人警官が腰に大型ピストルをぶら下げて警備にあたっている。すこし気がかりだった関税は、非常に紳士的で、簡単にパスした。

空港の外に一歩出ると、アフリカとよく似た雲ひとつないコバルト・ブルーの空が広がっていた。灼熱の太陽が黒檀のように艶々した黒人たちの肌にぎらぎらと照りつけ、彼らの皮膚はまるで油を塗りこんだように見事に黒光している。

知人のハリーが約束の時間に30分ほど遅れて迎えに来てくれ、同行の体格のいい黒人を「魚のシッパーをやっている私の甥のカリーだ」と紹介した。彼の車はトヨタの新型4WDで、手入れがよく行き届き、クッションも良好だし、ジャングルの悪路にも十分に耐えられそうだ。

パインの味はガイアナがナンバーワン

植民地時代の年代物の時計塔は、いまも正確に時を刻む

■植民地時代の年代物の時計塔は、いまも正確に時を刻む

ホテルに向かう途中、カリーの魚の蓄養場を見せてもらう。4百坪はあろうかと思われる大きな建物だ。生簀は乾期には満杯になるらしいが、たまたまこの時期は雨期でもあり、魚種が少なく、通常の3分の1しか在庫されていなかった。それでもゴールデン・メチニス、ペンシル、マーブル・ハチェット、エイ、ピラルクーなどが泳いでいた。外池の藻の下に隠れた1m大のピラルクーを写真に捕ろうとしたら、カリーが「よかったら、ただであげますよ。」日本に持って帰れば」と言われて、ちょっとびっくりした。

魚の状態はおおむね良好だ。上流の川からタンク・ローリーで汲んできたコーラ色の酸性水を出荷用に使っていたが、市の水道水が汚染して使えないとかで、車のそばにはカラフルなシャツを着た大勢の黒人のおばちゃんたちが運搬してきた水の余りを貰おうとして列をなしていた。ここでは飲料水も貴重らしいのだ。

道端にはほとんど店舗が見られず、粗末な人家がまばらに並んでいるだけだ。露天で売られている果物はパイナップルばかりだ。当地のパイナップルはわれわれが見慣れた状態とは異なり、長瓜のような形をしているが、カリーが「パインの味はガイアナが一番だ」と威張る。

共和国通りと呼ばれる大通りがあって、そこには植民地時代をほうふつとさせる英・欄折衷様式の木造建築物が残っている。ガイアナはイギリスの植民地であっただけに、並木道は美しく、街路樹として植えてあるアフリカでよく見かける枝を傘のように広げたアンブレロ・ツリーの大木が道の両側にそびえ、したたるような緑の葉をつけて、抜けるような青空を背景に生い茂っている。

人口20万人のジョージ・タウン市でたった一軒しかないホテルに着いたのは夕刻前だった。私の部屋は北向きで、太平洋に面して大きな1枚ガラスの窓がはめ込まれて眺めが素晴らしい。海からはひんやりとしたそよ風が絶え間なく吹きつけてくる。そのせいか太陽が肌を刺すようにじりじりと照りつけてきて、外気温は40度を越しているのに、冷風のおかげで不快な暑さを感じない。

海の港であるが、オノリコ川の大量の水が流れ込んで淡水化している

■海の港であるが、オノリコ川の大量の水が流れ込んで淡水化している

浜辺に打ち寄せる波は茶褐色の泥水で、それが遥か沖合いまで続いていて、その向こうに紺碧の大西洋がきらきらと波間に見え隠れしている。泥水はオリノコ川の水で、ギアナ高地からの水量があまりにも多いため、その泥水が海岸線一帯をべったり占拠してしまっているのだそうだ。道理で吹く風に潮気がなく、べとつがず、爽やかなはずだと納得した。

西の空が美しい薄紫色に染まろうとする夕暮れどき、ホテルのプールサイドで中国の旧正月のを祝うパーティーが催され、われわれも招待を受けた。プールサイドに降りていくと、この国の首相が招待客の一人一人と入口で握手して、丁寧な言葉を投げかけている。ハリーがわれわれを紹介すると、同行の鈴木にだけ「スズキさん、ようこそお越しくださいました」とにこやかに挨拶していたが、首相はどうやら車メーカー”スズキ”の社員と勘違いしたらしい。われわれ一行がジャングルに魚をとりにきた物好きな日本人だと想像しなかったとしても無理はなかろう。プールサイドには涼気を含む浜風がそよぎ、中華料理の味付けも口に合い、夜空に輝く星を眺めながら最高にくつろいだ気分になった。

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