カミハタ養魚グループは人と生き物が共に暮らす環境をトータルに提案します

KAMIHATA探検隊


写真・文◎神畑重三、松本 亮、犬塚 一、 協力◎神畑養魚(株)


+++ Vol.2 +++
ボルネオカリマンタン採集紀行

8月6日(火)3日目

■可憐な雰囲気のリコリスグーラミィ

■「これ珍魚と違う?」「ん、どれどれ」。小川での採集風景のひとこま

朝食には日本から持参のジャムやバターがとてもおいしく感じられる。ジョンが「ここのポリスがあなたを訪ねてきていろいろ質問するかもしれないが、ただ、遊びにきているといってくれ」という。こんなところへ観光にくる物好きな外国人なんか1人もいないと思うが。「こんなことのために、我々はわざわざビジネスビザを取得してきているのだ」とジョンに説明するが、日本人と見ると何とか金にしようとするらしいのだ。ちょっとわびしい気持ちにさせられる。ここにもう一晩泊まるので、今朝は少しゆっくりとくつろいで8時半に出発する。ここらの道は完全にジャングルの中だ。さすがにドライバーのクラクションを鳴らす回数も減ってきた。これからこの上流にあるGantng湖へ行くのだ。

車はそのうち、うっそうとしたジャングルの船着場に着く。そこには、例によってイスラムの民族衣装を着た大勢の地元の漁師たちがワイワイガヤガヤやっていて、我々に観賞目的のために取った袋入りの魚を見せてくれた。珍しい魚種もあり、辺りのうっそうとした熱帯林のたたずまいからも今日の捕集には期待が持てそうだ。こちらから来てはじめて興奮で血が騒いでくる。ボートが小さいので、それぞれ3隻に分かれて湖に入ることにした。川幅は20メートルくらいだが、両岸のうっそうとした大木が川の上まで、空が見えないほど枝葉を伸ばしている。そこから無数のツタが川面に垂れ下がっていて、迫力十分である。30分ほど走って、湖に入る手前の小さな島で後続のボートを待つことになった。そこには、漁師の一家が小屋をかけており、主に、食用の干物にする魚を器用にさばいていた。

太陽の光線に反射して、
まるでサファイアのように太紫色に輝いて

パールグーラミィ、オスロフロネームスグーラミィ、スマトラ、クロコダイルフィッシュ、グリーンボティア、フライングフォックス、チョコレートナンダス、チャカチャカ、アナバス、アポロシャーク、クラウンローチなど、魚種は今まで見た中でいちばん多い。中でも中型のグラスキャットは太陽の光線に反射して、まるでサファイアのように太紫色に輝いており、美しくホレボレと見とれるほどである。

やがて別の漁師のボートが湖から帰ってきた。ボートの中には大型のグーラミィのオスフロネームス、バルブ、キャットの類が山積みである。あの松本の指に噛みついたフグはまるで邪魔者扱いで、かわいそうに棒で叩き割られていた。

喚起の真っ最中で、それに赤道直下のこの辺はめちゃくちゃ暑い。ボートに乗っている時は、それでも風があり、少しはしのぎやすいが、陸に上がると、風はほとんど吹かず、ぎらぎらした灼熱の太陽で、魚どころか、人間様まで干物になってしまいそうである。

後続のカヌーがやってこない。「何か事故でも・・・」と心配していると、3番目のカヌーの方が先にやってきた。彼らによると、2番目のカヌーは川に真中でバランスを崩して転覆してしまったらしい。この辺りは、ワニはいるかもしれないが、アマゾンのように危険な肉食魚はあまりいないと思うのでその点では安心である。が、気にかかるのはビデオや機材の水濡れである。2番目のカヌーがやっと姿を見せた。松本のカヌーである。幸いなことに、ビデオは他のボートに積んであり、問題はなかったが、パスポートや航空券がずぶ濡れでベタベタになってしまっていた。

■オスロフロネームグーラミィの幼魚。このサイズだとまだまだ可愛いが、成魚の迫力はご存知の通りである

■グラスキャットの一種


貴重品のみ天日で乾かすことになる。こういうときは灼熱の太陽は便利なもので、すぐ乾いてしまった。今度は、3隻とも連なるようにして湖へと入っていく。今がいちばん湖の水位が低い時期らしく、あっちこっちで漁師が胸まで浸かりながら魚捕りの「ヤナ場」を作ったり、湖底から流木(観賞用)を拾い上げてカヌーに積み重ねたりしている。流木にはなかなか姿・形の面白いものが多く、観賞魚用の水槽には好適であるように思われた。

この辺りの水質は、pH6.0、GH2、KH0、導電率0.3μs、水温31度、水は茶褐色である。

ここでの採集魚は、グーラミィ各種、ミストゥス、淡水ウシノシタ、ラージグラス、中でもレッドラインラスボラはずば抜けて美しく、皆、歓声を上げたほどだった。

この湖を後にして、また別の湖Sadar湖へ行く。ここも結構大きな湖で、前の湖と水質の違いをチェックする。ここのpHは7.2とほとんど中性に近かった。湖の遥か彼方から轟音をとどろかせてボートが近づいてきて、我々のボートを引っ張って走ってくれる。契約してあった漁師が迎えに来てくれたのだ。湖には水面から7~8メートルの高さの櫓があっちこちに建てられている。漁師たちのヤナ場である。そこでの漁師たちの網の中を見せてもらう大型魚が多くてカイヤンやナマズ、レンギョなどで、興味のあったのは尾の赤い小さなグラスフィッシュだけであった。

まだ帰るには早かったので、また岸に戻り、近くのクリークで採集することにした。水質はさっきの湖と同じある。アーモンドスネークヘッド、チョコレートナンダス、クロコダイスルフィッシュ、ここでもデルモゲニーが群れになって泳いでいた。

夕方早めであったが、魚捕りを切り上げてホテルに帰る。ホテルの前に小さな床屋があり、食事前に全員で出かけて洗髪とマッサージをしてもらう。料金は1人100円である。

8月7日(水)4日目

朝食の時、ジョンとこれからの行動予定を話し合う。結論として、これ以上川を上がっても魚種はあまり変り映えしないと思われるので、予定を1日早めて次の目的地「バリックパパン」まで直行することになった。そこまでの走行距離は750キロ、時間にして16時間である。それに山岳地帯を横断して走ることになるので相当ハードな旅を覚悟しなければならないようである。途中適当な河があれば捕集しながら車を走らせる。Cagarakという川で採集する。ph6.0、GH0、KH0、水温26度、導電率20μs。ラスボラ・アクセルロディ、レッドラインラスボラ等で、案の定あまり代わり映えせず、約100キロほど南下したところで同行していた現地のガイド2人を降ろす。

ここから道は大きく2つに分かれる。一方はこのまま南下して先日泊まった「お化けゴキブリ」の町、アマンタイを通ってバンジャラマシン(我々の到着した空港)の方へ行く。もう一方は、Janjungというところから進路を北にとってMeratu山脈を越えて、その後、Sarempaka山(1300メートル)を越えてイーストカリマンタン入りをする道だ。山岳地帯の入ると、怪しかった雲行きがとうとう雨のなり、フロントガラスに激しくたたきつけてくる。気温もだいぶ下がってきた。短パンとTシャツという軽装ではガタガタ身震いするほど寒い。山間部なのでほとんど対向車はない。舗装されていない、でこぼこ道なので、ドライバーはハンドルさばきに気を取られ、例のうるさいクラクションを鳴らすゆとりもないようだ。窓越しに見える高い山々は、その中腹に低く雲がたなびくように拡がっていて、まるで中国の水墨画のように情緒がある。

■何とも不思議な顔つきのチャカチャカ
(バンカネンシス)

■「スンガイターザン」の異名をとる松本。夢中になって魚を採る姿は白サギのようだ

異様な体験…!?

山間部に入ってかれこれ3時間程経った頃だ。車が突然停車した。川もないし、誰かが「用足し」でもするのかと思っていたら、ジョンが全員下車せよ、という。ガイドの一人が「このジャングルの中で、今、現地の珍しい祭りが行われているから、それを見に行くのだ」という。車を道の側に停め、ガイドを先頭に全員でジャングルの木をかき分けながらどんどんと中へ入っていく。「こんな森の中に何があるのか」と不審に思いながら、迷子にならぬよう、懸命に皆の後を追っていくと、木々の間に大勢の人が集まって何やらがやがややっている。あちらこちらの木々の間にシートを張って老若男女手製の双六みたいなものをしているのが見える。「トバク」である。その喧騒の中を通り抜けてなおも奥へと入っていくと、木を切って作った10坪ほどの空き地に、出た。ここでは2人の男がそれぞれニワトリの足に糸で10センチ程のするどい刃の小刀をくくりつけ、その刃に何か木の実を塗りつけている。たぶん毒なのであろう。初めて見る「闘鶏場」である。やがて準備が終わったらしく、2人の男がそれぞれ闘鶏を抱きかかえて、鳥のくちばしが触れ合うほど近づけて闘争心をあおっている。鳥はもうすっかり興奮していきり立っている。それを取り巻く人たちも負けず劣らす、手に手に札を握り締め、目をつり上げて、大声を上げて何やらわめき合って一種異様な雰囲気である。それは、正に「ディア・ハンター」の一場面を思い浮かばせるような光景であった。やがて頃よしと2人の男の手から鳥が放された。しばらくじっと2羽はお互いににらみ合っていたが、そのうちほとんど同時にぱっと地を蹴って飛び上がり、相手に飛びかかっていく。「パッ」「パッ」と白い羽毛がその辺りに舞い上がっている。そして、2羽の白地の羽はみるみる鮮血に染まっていった。人々のワアワアという喧騒のなか、この戦いはあっという間に終わっていた。2羽とも手傷を負って地面に転がって、それでも必死に戦うつもりなのか、地面から立ち上がろうと必死にもがいている。すさまじい闘争本能である。私には相打ちであるように思われた。

2人の男が傷ついて転がった2羽を、それぞれまた地面に立たせている。2羽とも意識がもうろうとしているらしく、それでも体をユラユラさせてにらみ合っていたが、1羽が耐えきれず、またゴロンと転がった。もう1羽はまだ体をユラユラさせながらも相手を睨みつけ立ったままだ。「勝負あった!!」ワーッと歓声が上がって人々のて手から札が行き交う。一瞬まるで白昼夢を見ているような異様な体験であった。

■恐らくダヤツク族の女性だろう。
最初は写真を嫌がっていたが、
最後には少し澄まし顔でポーズを取ってくれた。
それにしても腰の蛮刀が不気味である

■アナバス。日本では鑑賞魚だが、
ここボルネオではさばかれた後に干物となる

車は山道を走り続け、途中Ptuang河の支流に良いポイントを見つけ、網を引く。ラスボラ・アクセルロディ、レッドライン・ラスボラsp.など豊富であった。突然どこからか一人の老婆が物珍しそうにこの魚採りを見にやってきた。この老婆は腰に蛮刀を下げ、なかなか迫力のあるいでたちである。たぶんダヤツク族なのであろう(ダヤツク族というのは、ボルネオでイバン族とともに首刈り族として有名だった部族である)。絶好のカメラの被写体なので写真を撮らせてくれるよう頼み込んだ。初めは大声でわめいていたが、それでも最後はOKをくれ、少しポーズを取って気取っていたのは可愛げがあった。

車は曲がりくねった山間の道を走り続ける。雨は土砂降りになったり小雨になったりするが、やむことはない。やっと、東カリマンタンの州境に着く。そこには簡単なモニュメントがあり、ここが州境であることを知らせてくれる。ここが東カリマンタンの現地時間(時差1時間)に皆、時計の針を合わせる。バリックパパンへ渡る最終便のフェリーに間に合うようにと車は恐ろしいほどのスピードで走りつづけ、やっとギリギリすべり込むようにして間に合う。乗船の確認を取った後、近くの町で遅い夕食を取るが、寒さと疲労のため、ほとんど食欲はない。

真っ暗な海上を約一時間程のフェリー乗船のあと無事バリックパパンに着く。深夜の町は、車も人影もなく静まり返っているが、久しぶりの町の光が目にまぶしい。町の中の所々に立っている高い煙突から、夜目にも赤い火炎が赤々と3~4メートルも吹き上げている。ここは、石油の町であるのだ。深夜のことでもあり、一軒目のホテルでは断られたが、二件目でやっと宿にありつき、そのままドサリととベッドに倒れこむように横になって寝入ってしまった。

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