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KAMIHATA探検隊

カミハタ探検隊 in INDONESIA 「まだ見ぬ部族が潜む魔境(マンベラモ)を行く」
text & photo/神畑重三 協力/神畑養魚(株)

+++ イリアン・ジャヤ/2 Vol.4 +++

「まだ見ぬ部族が潜む魔境(マンボラモ)を行く」

日本から「遠くて、そして遠い国」イリアンジャヤの魔境に日本人で初めて訪れる。いったいどんな冒険と出会いが待ち受けているのだろうか・・・。


人跡未踏の奥地タンジュン・ポトス湖

昨夜は神様や仏様、死んだ親父やお袋まで引っ張り出して一生懸命に祈ったせいか、何も食べず、ほとんど睡眠がとれていないのに、朝には気力、体力が七十パーセント回復して、なんとかみんなと同行できる力が湧いてきた。ヒゲを剃ったり、マンディしながら、手鏡に顔を写すと、この二日間ですっかりやつれて、顔のしわが深くなり、二年前に百歳で亡くなった親父そっくりの皺だらけの顔になってしまっていて、思わず苦笑してしまう。

奥地へ出向するわれわれを心配そうに見送ってくれるわが宿の肝っ玉母さん

■奥地へ出向するわれわれを心配そうに見送ってくれるわが宿の肝っ玉母さん

障害物を乗り越えて奥へと進む

■障害物を乗り越えて奥へと進む

ボートの建造は徹夜に及んだというが、ゆうべ見たときより相当ましにできあがっていた。全長六mほどで、両サイドにバランスをとるための丸太のフロートが付いている。ボートの中で火も起こせるし、簡単な煮炊きもできるので便利そうだ。エンジンは「タン、タン、タン」と音を立てる焼き玉で、あまりスピードは出ないが、安定感はありそうだ。わが宿の肝っ玉母さんが心配そうな表情で川岸まで来て、われわれの出発を見送ってくれる。

ボートが走り出すと、爽やかな風を受けて、すこぶる気分がいい。蒸し風呂のようなニワトリ小屋のテント生活を思うと、天国のように快適だ。ボートは泥の大河を一路上流へと進んでいく。一隻のカヌーにも出会わず、両岸にも人が居住していそうな家屋は見えない。無人の大河、人跡未踏の地だ。アマゾンやボルネオの奥地の川では、たびたび原住民のカヌーに出会うし、河岸には小さな漁村がぽつぽつ見られるが、マンボラモ川はまるで違っていて、どこにも人の住む気配のかけらもない。ボートは快調に進み、小さな入り江を見つけて、そこから支流を遡って奥の湖へ入ろうと試みた。

「カミハータさん、昨夜はダボラに駐在のアーミーや所轄のポリス、それに政府のマンボラモ駐在統括官の三人が来て、迎えのヘリが来るまでダボラからいっさい動くな、と申し入れてきたんだ。どうしても奥地のジャングルに入るつもりなら、軍のガードを二名つけろと強硬に主張するんだ。ただでさえ力の弱いボートにあと二人も屈強な男に乗り込まれたら、船足が落ちるし、それに食糧も十分でないと説得したら、「何が起きてもいっさい責任は負わない」という一札を入れて先方の条件をのまされたけど、相手を承諾させるのは大変だった」とハイコが得意がっている。無理と思われることでも強引にねばって処理するハイコの交渉能力は、日本人にはとても真似のできない芸当だ。

七時間ほど蛇行して支流の奥にある湖に入った。ボートを岸辺に係留させて、引っ張ってきた小型カヌーに乗り換えた。流れを上るにしたがって、水がしだいに澄んでくるが、途中で大きな倒木が行手を塞いでいたりするので、そのたびにカヌーを降りて除去しなければならない。景色に気をとられていると、蔦にからまったり、棘のある木が遠慮なく顔や手を「ピシッ!」と鞭打ってくるので、とても危険だ。たがいに「ウォッチ・アウト」と声を掛け合って注意しあう。ちょっとした気の緩みがジャングルでは大事故につながりかねないからだ。

支流に入るとイバラの枝が遠慮なく顔面をムチ打ってくるので気が抜けない 進路には多くの倒木が行く手を阻む
■支流に入るとイバラの枝が遠慮なく顔面をムチ打ってくるので気が抜けない ■進路には多くの倒木が行く手を阻む

支流から湖にはいると、景色が一変した。果てしなく大きな湖だ。岸辺に沿ってカヌーを進めていくと、ときおり「バシャ!」と大きな水音がする。たぶん大型のワニだろう。いままで誰も入ったことのない湖なので、予期せぬ訪問者にワニのほうが驚いているのかも…。

ハイコが「カミハータさん、岸辺の木をよく見て。上の部分が白くて、下が四mほど黒くなっているだろう。下の方は最近まで水に浸っていた証拠だよ」と説明する。なるほど、木の幹が白と黒のツートンカラーになっている。こんなに毎日雨が降っていても、この季節は乾期なのだ。七月末から八月中旬にかけては水位が低くなるため、湖は魚で溢れるれかえるという。乾期と雨期とで水位差が五mもあるという現象は、ちょっとわれわれの想像を超えている。

ピラニアもどきのナマズの大群に鷹が退散

湖に入って一時間以上経ったが、行けども行けども同じ景色が続く。網が引けそうな岸辺を探しているとき、とつぜん信じられないような異様な光景に出くわした。われわれのカヌーの三十mほど前方で一羽の鷹が、湖面の獲物を狙ってか三十mほど上空から旋回しながら「ヒューッ」と急降下した。魚の群でもいるのか、その下はバチャバチャ波立っている。ところが、どうしたことか、鷹は水面すれすれで急反転して逃げていった。

このようなナマズの大群が住んでいる湖

■このようなナマズの大群が住んでいる湖

岸での網引きは思わしい収穫がなかった

■岸での網引きは思わしい収穫がなかった

船頭のハルーンが擢でカヌーの縁をバンバンと叩くと、大ナマズの大群が水面から躍り上がってきた。まるでピラニアの大群だ。その様子は日本のハマチ養殖の生贄に餌を投げ入れたときの光景を想像していただければいいだろう。あまりの物凄さにただぼうぜんとして、シャッターを切るのを忘れてしまう。この群れの中に犬か猫を投げ入れたら、たぶん、またたく間に骨にされてしまうだろう。

急降下した鷹は、逆にナマズに食いつかれる危険を察してか、「くわばら、くわばら」とばかりに横っ跳びに逃げたに違いない。ナマズの大群がピラニアのような行動をするとはまったく驚きだ。ハルーンに成魚のサイズを聞いたら、片手を横いっぱい伸ばした。七十五cm前後のアーリア・キャット系のナマズだという。

興奮の覚めやらぬころ、岸に少しだけ土が露出している場所をようやく見つけた。期待に胸を膨らませて初の網入れをしたが、底が急勾配で、そのうえ粘土質なのでつるつるして滑りやすい。一歩か二歩入るだけで、首までつかるほど深くなる。障害物になる木も多くて、背の立たない場所で網を引くのは容易ではない。

パオラは採取した魚の包装係で、水質のチェックもしている。すれ予防薬の葉を入れてパッキングする仕事はなかなかの重労働だ。私はもっぱら撮影係だが、カヌーの上から写真を撮るのも決して楽ではない。

蚊の襲来があった。蚊よけクリームを塗っていない耳の中、口の周囲、鼻の穴などを狙ってブンブン襲ってくる。蚊にとっては、めったにお目にかかれない一生に一度のご馳走だから、猛攻撃してくる。メイク・ケーキ(用足し)をするため、適当な場所を探してジャングルに入るが、なにぶん、おケツは無防備だ。スプレーをかけながら、わが尻をピシャピシャ叩きながら用を足す光景は、はた目には滑稽かもしれないが、本人は真剣そのものなのだ。

岸へ上がるのに一足踏み違えると大変なことになる
■岸へ上がるのに一足踏み違えると大変なことになる

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